エンパワーメント(empowerment)は、組織や集団から個人に対して権限や能力を委譲することを指します。ビジネスにおいてエンパワーメントは組織の健全な発展のために不可欠な要素です。この記事ではエンパワーメントの概要やメリット、取り組みの方法、ポイントについてご紹介します。
エンパワーメントとは?言葉の意味と基本
言葉の意味
エンパワーメント(empowerment)は英単語の「empower(〜ができるようにする)」の名詞形で、本来は「権限を与えること」「自信や力を持たせること」を意味する英単語です。ビジネスシーンでは「組織から個人である社員に対して権限を委譲すること」「組織階層の上位から下位のメンバーに権限と責任を移譲すること」を指します。また、実際の利用シーンでは権限を委譲するだけでなく、社員が自立して判断・行動できる状態を実現するためのサポートまで含んだ言葉として用いられることが多いです。
ビジネスにおけるエンパワーメント
エンパワーメントという単語はビジネスシーンで多く活用されますが、具体的には以下のようなケースを指して表現します。
- 上司が持っている決定権や権限を部下や下の階層に移譲する
- 組織的な知見やノウハウを個々人が体系的に理解できるように落とし込む
- 各メンバーが主体性を持って、思考・判断・アクションできる環境をつくる
エンパワーメントが注目される背景
エンパワーメントを進めることが組織的な競争力を生み出すうえで有効であるためです。過去においては組織的な知見や組織力のような集団としての力を増強することを主眼にビジネスが組み立てられていました。しかし、それ伴う意思決定スピードの低下や、そもそも組織における人材が流動的になってきた現代において、個人としても組織としてもより有機的に能力を発揮し成果を出すためのアプローチとしてエンパワーメントの考え方が取り入れられています。
エンパワーメントに取り組む目的、解決できる課題
エンパワーメントに取り組むことで様々な効用を得られますが、ここでは代表的なものをご紹介します。ご自身の会社やチームで抱えている問題が解決できそうか確認してみてください。
マネージャーや管理者の業務肥大化の解消
組織において管理者やマネージャーの業務が肥大化してしまっている場合の打ち手としてエンパワーメントが有効です。特定の業務や権限を移譲することで不可を減らし、リソース配分の最適化が可能となります。
事業や組織をスピーディーに拡大
事業や組織拡大のタイミングで業務を分担するため、必然的に権限を委譲する場合があります。新規事業やプロジェクトを立ち上げる際、部下をリーダーに指名し立ち上げを依頼するケースなどです。このケースでは委譲する権限範囲が大きいだけでなく、業務も未知な領域であることが多いため、委譲した上司も経験したことのない業務が発生する可能性があります。誰に委譲するか、その後どう管理していくのかを、より慎重に検討する必要があります。
メンバーの能力向上による事業成長
部下が上司を頼らずに自分で業務を進行できるようになることもエンパワーメントの良さの1つです。調整や指導の手間が減ることで上司は自分の業務に集中できるようになり、業務のスムーズな進行に繋がります。また、部下が自ら考え実行することで学びが増え、育成スピードが向上することも期待できます。
メンバー個人の能力を最大限引き出す
組織においてルールや仕組みは非常に重要ですが、時として個人の能力発揮を制限してしまうことがあります。組織から個人へのエンパワーメントを推進し、適切な権限の付与と意思決定の自由さを担保することで、目先の全体最適にとらわれないアクションや動きに繋がる可能性が高まります。
エンパワーメントのメリットとデメリット
エンパワーメントの推進によって得られるメリットは多々ありますが、同時にリスクやデメリットも存在します。取り組む際には特にマイナスの側面も認識することが成功のポイントとなります。
メリット
スピーディーな意思決定ができる
上司がすべての意思決定権を持っていると、確認待ち・次の指示待ちのメンバーが増え業務が停滞してしまいます。自分で決断して進められる体制をつくってあげることで、業務だけでなく事業全体のスピードを上げることができます。
メンバーの育成に繋がる
指示をもらって取り組むよりも、自分で考えて実践し振り返りをする方が多くの学びが得られます。最初のころは委譲した業務のクオリティが低く不満を抱いたり、任せることに不安になったりするかと思いますが、まだ未熟なうちに権限を委譲することで将来的な活躍が期待できます。
社員の力を引き出す
特に規模の大きい企業では、業務を定型化することで社員に対して同様の仕事を割り振り、手順も揃えて画一的に業務を進めてもらう場面が多くなります。しかし個々のメンバーにはそれぞれ得意分野があり、取り組みやすい進め方があります。ゴールや目標だけが決まっている抽象度が高い状態で業務を任せ、自分で考えて取り組んでもらうことで社員個々の能力を最大限発揮することに繋がります。
中途入社したメンバーが定着しやすくなる
中途入社の場合、まずは企業のカルチャーに馴染むことが課題になります。入社したメンバーが自主的に動ける環境を整え、現場作業に積極的に取り組める状態をつくることで、より早い組織定着に繋がります。
デメリット
責任の所在が曖昧になる
「権限責任一致の原則」と言われるように、原則的に権限と責任範囲は一致しているべきです。しかしビジネスシーンでは責任範囲の共通認識を持てていないことで、自由に実行するのは部下でも最終的な責任を取るのは上司であることも多く見受けられます。正しくエンパワーメントできなければ、責任逃れや無責任な発言・行動が発生しかねません。対象の業務や状況によっては、権限だけ移譲しつつ、責任をより上のレイヤーのメンバーが追う、という状況もありえますが、必ず「権限」と「責任」の2つの観点からエンパワーメントを推進していくことが重要です。
組織と個人で方向性が一致しないことがある
権限委譲したメンバーの意見をすべて反映しようとすると、社員個人の考えと組織の考えが異なり意思決定に迷うケースが出てきます。どの範囲まで自分で考えてもらうか、もし意見が食い違った場合にどう判断するのかの認識が揃っていなければ、組織が分裂してしまいます。
対策として、エンパワーメントを進める場合も、絶対に守るべき軸や指針は事前に言語化しておくことが有効です。「○○というゴールを達成する、その際の最低限の軸や守るべきものはXXである」という形で、役割を伝達するようにしましょう。
エンパワーメントに向かない社員には負担になる
従業員の中には与えられたタスクをこなすことが得意なメンバーや、あまり責任を持ちたくないと考えるメンバーもいます。そうしたメンバーでも自立できる環境を整えるのがエンパワーメントではありますが、うまく権限委譲するためには、社員の業務内容や進め方、スキル、性格などを加味してある程度個別化して取り組む必要があります。対策について画一的な答えはありませんが、しっかりとメンバーの希望や特性を把握することが重要です。
エンパワーメントを実現する方法
エンパワーメントは取り組み自体はシンプルで、以下のステップで実践することができます。ここでは、「業務の権限と責任を他のメンバーに移譲する」というケースを想定してご説明します。
1. 任せたい業務と権限範囲を伝える
まずは権限を委譲する業務と、その範囲を正確に伝えます。基本的な部分ですが、ここで共通認識を取ることがエンパワーメント成功の秘訣です。例えばある施策を依頼したとして、施策の目標や予算をこちらから指定するか、自由に決めて良いとするかなど、細かい部分まで認識を揃えておかなければ、後から齟齬が起きてしまいます。
2. 実践してもらい、一緒に振り返る
任せた範囲の中で業務を実行してもらい、権限を委譲した側(上司)と委譲された側(部下)で振り返りを行います。1on1形式で部下自身の振り返りに比重を置いて取り組むのがおすすめです。
また、結果の要因を正しく把握するためにも、定量的な結果だけでなく取り組みの内容や報連相の方法などの過程も含めて振り返りをしてください。振り返りの方法について紹介している記事の中から、進めやすいものを選んでいただけると良いと思います。
3. エンパワーメントの方法について振り返る
ここで忘れてはならないのは、権限を委譲した側も「エンパワーメントの方法が正しかったか」を振り返ることです。権限を委譲された部下が業務をうまく進められないのは当然のことで、上司は部下をどうエンパワーメントすべきかを考える必要があります。権限範囲の認識を揃えられていたか、サポートの仕方は適切だったかなど観点をいくつか出し、振り返りをしてみてください。場合によっては、部下に対してどのようなサポートが必要か、直接聞いてみても良いでしょう。
4.振り返りをもとに再び実践、を繰り返す
振り返りの内容をもとにして今後の目標を立て、継続して業務を進めてもらいます。
権限を委譲した部下が完璧に1人で業務をこなせるようになるまでには少し時間がかかります。安心して業務を任せられる状態になるまでは週次か隔週で振り返りの機会を設けて、実行→振り返りの流れを根気強くサポートしてあげてください。部下が業務に慣れてきたら、振り返りの頻度を減らしたり観点を変更したりして、少しずつ手を離していくと良いと思います。
(参考)OODAループを用いて業務進行してもらう
上記の流れを分かりやすく進めるため、エンパワーメントにOODAループを使用することがあります。
OODAループとは図の通りObserve(観察)→Orient(判断)→Decide(決定)→Act(実行)の流れを繰り返す、意思決定と行動の理論です。よく似た手法にPDCAがありますが、PDCAは自分で計画を立てるところから始めるのに対してOODAでは相手を観察することから始まり、そのときの状況に合わせた臨機応変な対応を取ることになります。
スピード感を意識できることから人材育成や組織開発のフレームワークとして定着していて、エンパワーメントにも適応することができます。部下に権限委譲した際にOODAループを意識して取り組んでもらうよう伝えるのも有効ですし、上司側がエンパワーメントする際にも活用できます。ひとつの手法として、覚えておくと便利です。マネジメントサイクルについて詳細にご紹介している記事も合わせてご参考ください。
(参考)組織体制の変更によってエンパワーメントを実現する
上記ではメンバー間、例えば、上司から部下への権限と責任の移譲という観点でのエンパワーメントの取り組み方についてご紹介しました。エンパワーメントにおける他のアプローチとして組織構造自体を変更するという方法も存在します。一般的な階層型の組織構造から、フラットの組織構造に変化させることで、メンバーごとの上下関係をなくし、個々人の自由度、権限、責任を増していくというアプローチです。状況や目的に応じて検討してみてください。
エンパワーメントに失敗しないためのポイント
前項でもご紹介した通り、エンパワーメントはメリットだけでなくリスクやデメリットがあり正しく進めなければ重大な失敗を引き起こしてしまう可能性があります。ここでは失敗事例と、うまく進めるためのポイントをご紹介します。
エンパワーメントの失敗例
ただの責任放棄になっている
当然のことですが、権限委譲しようとしてもタスクを投げっぱなしにしてはいけません。エンパワーメントする側にも権限委譲する責任が伴います。ただ権限を与えるだけでは部下も困惑してしまい、うまく進めることができません。権限移譲のための適切なステップの設計、フォローアップ、場合のよっては最終的な責任は上位のメンバーが追う、などの対策が必要です。
権限委譲することが目的化してしまう
エンパワーメントは部下の育成や事業拡大などの目的のもと、一つの手段として存在するものです。権限を委譲して満足しないよう、注意が必要です。取り組む際には事前に「なんのためにエンパワーメントを推進するのか」「エンパワーメントによって実現したいことはなにか」を設定しましょう。正しい目標設定について解説している記事も合わせて参考にしてください。
部下がプレッシャーや負担を感じてしまう
依頼されたタスクをこなす、というスタイルで仕事をした時間が長ければ長いほど、自分で考えて実行することに苦手意識が強くなります。突然大きなタスクを依頼されサポートも何もなければ、心理的な負担を感じ、ストレスになりかねません。必ず、権限を移譲する先のメンバーや組織の状況を確認して取り組むようにしてください。
責任だけが移譲されてしまう
もっとも避けるべきことの一つですが「権限」と「責任」はセットで考える必要があります。エンパワーメントを推進したつもりが「責任」だけが移譲され「権限」と不釣り合いな状況が発生しないように注意しましょう。
エンパワーメントを成功させるためのポイント
しつこいくらいに共通認識をとる
エンパワーメントに取り組む前に、以下のような項目に対する認識を揃えておくことが何よりも重要です。何度も言い過ぎだと思うくらいに伝え続けることがポイントです。
- 目標…依頼した業務が最終的に何に繋がっているのか
(例)将来的に時価総額1兆円の企業を創りたい。そのための重要なマイルストーンとなるプロジェクトのリーダーを任せている。 - 権限範囲…どこからどこまで依頼したいのか(Why/What/Howなどの粒度で)
(例)目標は伝えるので、実行方法の検討と実行はすべて任せたい。 - 進行方法…報連相の基準やタイミング、方法
(例)施策の実行を全てお願いしたいが、着手する前に必ず内容を確認させてほしい。 - 期限…権限委譲は一時的なものか、長期的なものか
(例)プロジェクトのリーダーは3ヶ月後のプロジェクト終了まで依頼したい。事業部のマネジメントは、一時的に任せてみて問題がなければそのまま担当してほしい。
特に「目標」と「権限範囲」については必ず伝えるようにしてください。「進行方向」や「期限」については、移譲した業務のスコープ次第では、移譲先のメンバーが検討・決定する場合もあります。
意図や期待を伝える
部下に自発的に業務を進行してもらうためには、部下が信頼されている実感と自信を持てることが重要です。いやいや任された感覚や、本当は誰でも良かったのだろうというような思いが生じないよう、部下に対する期待とその背景を伝えてあげてください。「なぜあなたに任せるのか」「どのくらい重要なポジションなのか」「こういう役割を期待している」などをできるだけ具体的に伝えることが大切です。
最初は本人の強み・得意分野に合わせて任せてみる
特にこれまで役職についたことのないメンバーの場合は、いきなり初めて体験する領域を任せてしまうと、失敗した際にトラウマになりかねません。まずは少しチャレンジングだと思えるくらいの業務から依頼してみて、成功体験を積んでもらうのがおすすめです。
失敗を許容し、粘り強くエンパワーメントし続ける
エンパワーメントに取り組んだ初期の段階では当然ミスが多発したり、期待したレベルに到達しなかったりします。しかし失敗は誰にでもあることであり、きちんと振り返りをして実行し続けることで本人にとっても事業にとっても大きな学びが得られます。最初から完璧を求めず、粘り強く任せ続けてみてください。
最初は細かく状況確認、振り返りを実施する
エンパワーメント時のサポートにも近い内容ですが、期待したとおりの権限移譲ができているか?問題は発生していないか?の確認を細かめに実施するように意識してください。場合によってエンパワーメントがうまく機能していないと判断された場合には、もとの体制に戻すことも検討してください。
活用できるおすすめツール5選
エンパワーメントを推進する上で「業務を可視化して取り組み内容を全員が把握できるようにする」ことが非常に重要になります。現状の業務内容や業務状態が不明瞭だと、そもそもの権限移譲や責任所在の明確化が難しくなってしまいます。そのため、エンパワーメントを推進する際には、業務の可視化・体系化を支援してくれるツールの活用を検討しましょう。こちらでは代表的なものをいくつかご紹介します。
タスク管理ツール
タスク管理ツールは、プロジェクトの管理や単発で発生するタスクの進行管理に有効です。担当者や期限を明確にすることで、実施事項や責任の範囲を管理しやすくなります。以下が代表的なツールになりますが、詳細について知りたい方はタスク管理ツールについて紹介している記事も参考にしてください。
JIRA(ジラ)
サービスサイト: https://www.atlassian.com/ja/software/jira
JIRAは多くの有名企業にも導入されているプロジェクト管理ツールです。大企業ではJIRA専門の担当者が置かれるほど、多機能でパワフルなサービスです。弊社では、現在JIRAを用いてすべての業務管理を管理しています。
asana(アサナ)
サービスサイト:https://asana.com/ja
asanaはfacebookの共同創業者が開発した王道のタスク管理ツールです。弊社でも、交通費の精算やメール返信などの細かいタスクを管理するために弊社でも使用しています。
マニュアル作成ツール
個人が持っている能力や考えを引き出す上で、ナレッジや知識の言語化は非常に重要になります。また、組織知についてもしっかりと言語化していくことで、個人の能力に還元して良い相乗効果を生み出すことができます。詳細について知りたい方はマニュアル管理ツールについて詳細に紹介している記事もご参考ください。
Confluence
サービスサイト: https://www.atlassian.com/ja/software/confluence
「Confluence」は海外のサービスで、プロジェクト管理ツールとして有名な「JIRA」を運営しているAtlassianが提供しているツールです。弊社でもナレッジ管理のために利用しています。
Notion
サービスサイト: https://www.notion.so/ja-jp
自由度が高いことで世界から注目されているサービスが「notion」です。弊社でも一部の業務管理や議事録の管理に使用しています。
プロセスマネジメントツール
エンパワーメントを推進する上で、業務自体の可視化・標準化も有効な打ち手になります。これにより業務の属人化を防ぐと同時に、誰でも対応可能な業務となり作業負荷自体の軽減も期待できます。ツールの詳細について知りたい方は、プロセスマネジメントツールについて紹介している記事も参考にしてみてください。
octpath
サービスサイト: https://octpath.com/
弊社が提供しているサービスです。複数の企業様の業務プロセス改善に携わった経験から誕生したサービスになります。業務をフロー図形式で可視化しながら、同時に手順やタスクも登録できるサービスです。タスク内の入力内容に合わせて自動で条件分岐ができることから作業のミスや遅れを減らしたり、期限や担当者の設定によって進捗管理もできたりと、属人化を解消しながら、業務を効率化することができます。
おわりに
業務は任される側はもちろん、任せてマネジメントする側にもスキルが必要です。はじめは不安が伴うかと思いますが、部下の成長のためにも事業や組織の発展のためにも、権限委譲はとても重要なポイントです。ぜひ、まずは小さい業務からエンパワーメントしてみてはいかがでしょうか。